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2025/04/05 00:55
ロマンチック街道の古都『ローテンブルク』 ドイツ
ドイツ南部のバイエルン州ミッテルフランケンのアンスバッハ郡にある大規模郡都市。
ロマンチック街道のハイライトともいえるのがこの中世の宝石と言われるドイツの古都ローテンブルク。
駅前のホテルへ宿泊しましたが、すぐそばに大きなショッピングセンターもあり便利でした。メインで城壁の町、旧市街へはここから徒歩で15分
中世の街並みがそのまま残る石畳の街で過ごす時間は、おとぎ話の舞台をそのまま現実に体験している気分になれます。散策するだけでも風情ある建物や城壁があちこちに現れ十分楽しめると思います。
日本のアニメ『 ちっちゃな雪使いシュガー 』の舞台である架空の街「ミューレンブルク」のモデルともなっているようです。
プレーンライン
城壁の町ローテンブルクへはレーダー門から入場しその後その城壁などを歩いた後にこちらへ
ブルク公園
プレーンライン~ブルク公園
マルクト広場 左下は市議宴会館(鐘楼より)
マルクト広場 東側のレーダー門方面(鐘楼より)
北側、城壁外側にも街並みが広がっています。
左は聖ヤコブ教会(鐘楼より)
聖ヤコブ教会にある聖血の祭壇はティルマン・リーメンシュナイダー作
※ ティルマン・リーメンシュナイダー(1460年頃〜1531年)
中世のドイツの彫刻家ティルマン・リーメンシュナイダーは彫刻のマイスターとしてヴュルツブルクに工房をかまえ、祭壇や墓碑の彫刻を数多く手がける一方、1504年に市議会議員に選ばれたのを皮切りに、1520〜1521年には市長も務める。
しかし、ドイツ農民戦争の際、元市長として、戦争に加担したとされ逮捕され、その後、失意のうちに没した。
マルクト広場
左は市庁舎、正面は市議宴会館
ここの市議宴会館の仕掛け時計も見逃せない。1631年の三十年戦争のさなかのこと。街を救うため、ヌッシュ市長がワインの一気飲みをした様子が人形の仕掛けで再現されている。
マルクト広場より
マルクト広場付近のおもちゃ博物館
おもちゃ博物館のデイスプレイの動物達には様々な動きがあり子供に人気があります。
また館内は主にショップになっていて短時間では見切れない程のグッズが販売されています。
[8回]
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旅人欧州
2020/10/21 03:33
2
ドナウ河畔 ウルム(ウルム大聖堂~漁師の一角) ドイツ
ケルン大聖堂から大聖堂繋がりと言うことで同じドイツでもこちらはドナウ川上流ウルムの大聖堂です。
物理学者アルバート・アインシュタインの生誕の地でも知られる南ドイツのウルムには高さ世界一と言われる大聖堂がありこの大聖堂の768段ある狭い螺旋階段にトライ!
人一人がやっとと言う感じで本当に狭いし後ろから来ようものなら大変!先に行かせてあげることも困難でおまけに螺旋で目が回るし正直余程足に自信がある人でないとお薦めしたくないですね。それでもおかげでこの後の旅先のいかなる坂道にも対応出来るようになり、自信がつきました。
ウルム中央駅~ウルム大聖堂
駅からメインストリートであるバーンホーフ通りをしばらく歩きますと大聖堂が見えてきます。
ミュンスター広場前からの大聖堂
大き過ぎて縦横入りきれません。
768段の階段を上がった所が141Mの展望台(この時は4ユーロでした。)
1377〜1890年と約5世紀をかけて完成した聖堂はゴシック様式。
高さ161.53Mの世界一の塔ですが、ただ6年後には170M超えのサグラダ・ファミリアが完成しますのでその時には抜かれてしまいます。
鮮やかな壁画が素晴らしいウルム市庁舎
ウルム市庁舎~ドナウ河川敷~漁師の一角
その市庁舎から南側に肉屋の塔、発見!
塔の下をくぐって城壁の外へ出るとドナウ河川敷に出ます。
城壁の外、ドナウの河川敷に出てきました。
右が肉屋の塔、左に大聖堂が見えます。
城壁の上
この先は進入できないようになってました。
漁師の一角
ウルムは中世以来ドナウの水運で栄えた町でそれを証明するように町には漁師の一角と言って漁師や漁具職人達が住んでいた地区があります。
漁師の一角にあるシーフェス・ハウス(傾いた家と言う意味)
1433年に建てられ、今では見た目とは違い最新設備の整ったデザインホテルとして営業されています。
[5回]
旅人欧州
2020/10/19 23:27
0
ライン川沿いの宝石 『シュタイン・アム・ライン』 スイス
ライン川繋がりと言うことでドイツのライン川クルーズ、ケルンに続いて第三弾はドイツとの国境にも程近いライン川上流のスイスの小さな町
シュタイン・アム・ラインです。
直訳すればシュタイン・アム・ラインは
『ライン川沿いの宝石』と言うことになります。
その名の通り旧市街は美しいフレスコ画に囲まれた町並みで中世の世界にタイムスリップした雰囲気が味わえ当日も地元スイスやお隣ドイツから多くの観光客が訪れていました。
起源はローマ時代にさかのぼりますが、中世以降はベネデイクト派の修道院を中心に発展。
こちらを訪れる前に少し下流にあるシャウハウゼンの町にも立ち寄ってきましたのでこちらは写真のサイズが大きすぎて取り込みが出来ないので動画にしました。
シャウハウゼンは町の近郊にライン川では唯一の滝がある町として知られています。
その滝があることで船の水路輸送、往来が困難になりこちらで一旦ストップ中世より荷揚げの町として発展してきました。↓
シャウハウゼン近郊にあるラインの滝
ラインの滝へはシャウハウゼンの駅からポストバス(1番乗場)を利用(スイスパス適用)
シャウハウゼンの町並み(ムノート(城塞)からのブドウ畑に囲まれた階段より)
シュタイン・アム・ラインの駅から徒歩で7~8分ほどでこちらのライン川沿いの旧市街地へ
写真は聖ゲオルク修道院です。
グナーデン湖から程近いライン川上流のシュタイン・アム・ラインも元は漁村
現在も河畔沿いには味自慢の川魚料理のレストランが並んでいます。
橋を渡ると旧市街地です。
中央は市庁舎
旧市街地へ
市庁舎広場
左手は市庁舎
左は市庁舎、1542年に商店、穀物取引所などを兼ねて建てられ、内部には博物館があります。
右は鹿の家に王冠の家
写真中央が『赤牛の家』その右隣が『石の葡萄の家』更にその右が『太陽の家』
アイトゲノッセン噴水
右端は黒い角笛の家、1階はミニスーパー
まさに
中世の世界です。
旧市街のメインストリートからウインター門へ
こちらはアドラーホテルのアロイス・カリジェの壁画です。
[8回]
旅人欧州スイス
2020/10/17 22:35
2
世界文化遺産:ケルン大聖堂 ドイツ
ケルンの大聖堂は1248年に建設が始まり、途中282年工事中断期を経て、着工から632年後でドイツ帝国誕生の9年後の1880年に完成した盛期ゴシック様式を代表する建物です。
※東方三博士
「マタイによる福音書」のなかで、不思議な星に導かれ、誕生後間もないキリストと母マリアのもとを訪ねたとされる3人の博士(マギ)。この訪問をマギの礼拝と言う
※フリードリヒ・ヴィルヘルム4世
プロイセン王(在位1840〜61年)。中世の身分制国家を理想とし、その象徴としてケルンの大聖堂建設を支援した。
※シュテファン・ロッホナー
1400年〜1451年。
ドイツの後期ゴシック様式を代表する画家。15世紀より続くケルン派の画家とされる。
ケルン大聖堂
駅前の広場で左手に駅があります。
大聖堂周辺に新たな建造物の建設計画が進んだ事で景観破壊が危惧され、2004年に危機遺産に指定される。
奥行き144M、最大幅86M、総高157Mの西正面双塔は聖堂建築としては、世界第二位の高さ
157Mの西正面双塔。
最初に大聖堂が建てられたのは9世紀後半。
1164年、聖遺物である東方三博士の
フランスのアミアン大聖堂を
遺骨が納められたことにより、多くの
手本として、さらにそれを上回る
人々の信仰を得るようになる。
規模の建物が構想された。
1248年、木造だったそれまでの聖堂が
火災によって焼失したため、石造により
再建工事が開始される。
資金不足で工事は度々中断され、1560年以降は、内陣のみが完成したままの状態で放置される。
そして1814年、14世紀の図面の発見を機に建設再開の機運が高まり、1842年には工事再開。
プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世などの支援によって建設は進められ、38年にも及ぶ工事の末、1880年に完成した。
身廊内部43Mを超える天井を支える 聖母マリアの祭壇
交差リブ・ヴォールトの構造や、
ステンドグラス、入口の周囲を埋め 15世紀前半の画家、
尽くす浮き彫りなど、ゴシック様式に シュテファン・ロッホナーの代表作。
典型的な特徴が見られる。
バイエルン窓。バイエルン王ルートヴィッヒ1世によって5つの窓が滞納された。キリストの生誕。
十字架からおろされるキリスト。 精霊降臨。
[8回]
旅人欧州
2020/10/16 17:11
3
世界文化遺産:ライン川遊覧/ローレライ Upper Middle Rhine Valley ドイツ
久々に海外の投稿になります。
ライン川はドイツでは父なる川と呼ばれ、ドイツの歴史や文化とは切り離せない場所です。中でも古代ローマ帝国によって築かれた都市マインツからコブレンツへ至る65KMにわたるライン渓谷中流上部には、古城や古い町並みを残す都市、聖堂や修道院、美しいブドウ畑などからなる中世以来の景観が残されています。
数世紀にわたる人々の営みと、渓谷の自然が生み出した貴重な文化的遺産です。またこの区間には、詩人ハイネの詩に詠われたことで知られる『ローレライの岩』があります。
ライン渓谷中流上部には、多くの伝説、伝承が残されており、音楽家や文学者たちに多大な影響を及ぼしてきたと言われています。
この日はローレライの町ザンクト・ゴアルスハウゼンからリューデスハイムまでこのKDライン観光船を利用(所要約3時間)
ユーレイルパスも適用でした。
後方のラインフェルス城はホテルになっていて破壊された廃城部分はドイツ最大規模で保存され今でも多くの観光客が訪れています。
対岸のザンクト・ゴアールは姉妹都市
ライン川遊覧
ザンクト・ゴアルスハウゼンの町
後方のねこ城は領主ツエンエーレンボーゲン伯爵によって14世紀に造られる。
ラインの両岸はドイツ鉄道が・・
スイス・アルプスを水源としてリヒテンシュタインやオーストリア、ドイツなどを流れ、北海へと注ぐ全長約1320KMの国際河川。
ローレライの岩付近
ライン川の中で、川幅が一番狭いところで流れが速く、水面下には多くの岩が潜んでいることもあって、以前は航行中の船が度々事故を起こした所として知られています。
この「ローレライ付近は航行の難所である」ことが、「岩山にたたずむ美しい少女が船頭を魅惑し、舟が川の渦の中に飲み込まれてしまう」という伝承に転じ、
ローレライ伝説
が生まれたと言われています。
オーバーヴェーゼルの高台に聳えるシェーンブルク城(麗しの城)。
10世紀頃に築かれ、14世紀に大拡張!17世紀にルイ14世の仏軍に破壊され、1885年にある程度まで修復されたとのこと。現在は50年前から古城ホテルとして使用されています。
ライン川の中洲に建つプファルツ城は14世紀に、プファルツ選帝侯が、行き交う船からの通行税を徴収するために築いたもので、城は水の抵抗を少なくするため船形をしており、城内は豪雨によって川の水位が上昇しても安全な工夫がされている。現在では 「ライン川博物館」 として利用されている
後方に小さく見えるお城はカウプのグーテンフェルス城
バッハラッハ
ワインの町として知られており、6月と9月には民族衣装を着けた 「ワイン祭」 が行われる。町にはゴシックとロマネスクが混じったペーター教会や、歴史ある古い館が有名で、現在はレストランとして使われているアルテス・ハウスなどがある。
バッハラッハの町の左高台はシュターレック城
12世紀に建てられたこのお城は、今ではユースホステルになっています。
ライヒエンシュタイン城
10世紀完成。後に長い間廃墟になっていたものを、プロイセンのフリードリヒ皇子が改修したネオゴシック様式の城です。
ねずみの塔(後方左)とエーレンフェルス城(後方右上)
通行税をとりたてる為に、建てられた関所で、マウト・トゥルム(関税塔)を マウス・トゥルム(ネズミ塔)ともじったところからこの名で呼ばれるようになったとのこと。
リューデスハイム到着です。
[5回]
旅人欧州
2020/10/16 03:04
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