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世界文化遺産:ケルン大聖堂 ドイツ

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世界文化遺産:ケルン大聖堂 ドイツ

ケルンの大聖堂は1248年に建設が始まり、途中282年工事中断期を経て、着工から632年後でドイツ帝国誕生の9年後の1880年に完成した盛期ゴシック様式を代表する建物です。

※東方三博士
「マタイによる福音書」のなかで、不思議な星に導かれ、誕生後間もないキリストと母マリアのもとを訪ねたとされる3人の博士(マギ)。この訪問をマギの礼拝と言う

※フリードリヒ・ヴィルヘルム4世
プロイセン王(在位1840〜61年)。中世の身分制国家を理想とし、その象徴としてケルンの大聖堂建設を支援した。

※シュテファン・ロッホナー
1400年〜1451年。
ドイツの後期ゴシック様式を代表する画家。15世紀より続くケルン派の画家とされる。  





ケルン大聖堂

駅前の広場で左手に駅があります。
大聖堂周辺に新たな建造物の建設計画が進んだ事で景観破壊が危惧され、2004年に危機遺産に指定される。
奥行き144M、最大幅86M、総高157Mの西正面双塔は聖堂建築としては、世界第二位の高さ

      
157Mの西正面双塔。         最初に大聖堂が建てられたのは9世紀後半。
                    1164年、聖遺物である東方三博士の
フランスのアミアン大聖堂を       遺骨が納められたことにより、多くの
手本として、さらにそれを上回る     人々の信仰を得るようになる。
規模の建物が構想された。        1248年、木造だったそれまでの聖堂が
                    火災によって焼失したため、石造により
                    再建工事が開始される。

 

資金不足で工事は度々中断され、1560年以降は、内陣のみが完成したままの状態で放置される。
そして1814年、14世紀の図面の発見を機に建設再開の機運が高まり、1842年には工事再開。
プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世などの支援によって建設は進められ、38年にも及ぶ工事の末、1880年に完成した。


      
身廊内部43Mを超える天井を支える     聖母マリアの祭壇
交差リブ・ヴォールトの構造や、
ステンドグラス、入口の周囲を埋め    15世紀前半の画家、
尽くす浮き彫りなど、ゴシック様式に   シュテファン・ロッホナーの代表作。 
典型的な特徴が見られる。

バイエルン窓。バイエルン王ルートヴィッヒ1世によって5つの窓が滞納された。キリストの生誕。


      
十字架からおろされるキリスト。       精霊降臨。









































拍手[8回]

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コメント

1. 無題

大聖堂、大きすぎてカメラに全貌が入りきらんですよね(自分も全く同じでした)。
あと、ほとりに流れてるライン川の向こうからの遠景も格好いいし電車から見るのもメチャ良し。

私はヨーロッパの3大聖堂と言われる、ドイツ・ウルムとウィーン・シュテファンにも行ってますが、ケルンは異次元の別格!壮大かつ建物の黒っぽさが歴史の重みをよりずっしり感じました。

次の投稿も楽しみです(あれっ、お次はスイス。でもライン繋がりだあ・・笑)

2. 無題

旅人さんに代わりうんちく話をひとつ。ケルンはオーデコロンの発祥の地でありまして。

太古の実話。ケルンで売られてた柑橘類を調合した香り水をフランス商人が目をつけ、
お国に持ち帰って販売。それがお金持ちの間で爆発的ヒット。
その商品名「ケルンの水」=フランス語直訳で「オー・デ・コロン」

と、あまり役に立たんサポートでしたね。失礼、、。

3. 無題

うんちく話有難うございます。ケルンがオーデコロンの発祥の地だったとは知りませんでした。
ケルンがフランス語でコロン?ですね。こう言った情報は共有していきたいですね。

ライン川源流のスイスをとも思いましたが、次は聖堂つながりで投稿します。

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