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紅葉の古都:一休さん幼少時の衣笠山地蔵院(竹の寺:洛西)と晩年の酬恩庵一休寺(京田辺)

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紅葉の古都:一休さん幼少時の衣笠山地蔵院(竹の寺:洛西)と晩年の酬恩庵一休寺(京田辺)

知名度のある鈴虫寺(華厳寺)や苔寺(西芳寺)の近くと言った方が良いのかも知れませんが、そちらから南へ徒歩でそれぞれ5分、3分とすぐご近所にこのお寺があります。

当日も行列の鈴虫寺とは対照的に訪れる観光客も少なく静かでひっそりとした境内は逆に自身をハイテンションにしてくれます。


地蔵院(竹の寺:幼少時の一休さん)
室町時代の1394年に一休禅師(一休宗純:幼名は千菊丸)が、後小松天皇の皇子として、地蔵院の近くの民家で生まれ、6才の時に安国寺に移って本格的な修行に入られるまでの幼少時を当院で母と共に過ごし修養されています。

           


本堂(地蔵堂)
入口から竹林の参道を抜けますとこちらの地蔵堂へ
本尊の地蔵菩薩は、最澄がつくったといわれる延命安産の地蔵菩薩。

更にこの先中門をくぐって進みますと方丈庭園(撮影不可)があります。
1686年の江戸時代に再建されたもので、方丈前庭園は「十六羅漢の庭」と呼ばれる平庭式枯山水。
十六羅漢の修行の姿を表現するという石が配置されていて、名椿「胡蝶佗助」や五葉松などは必見です。




酬恩庵一休寺(晩年の一休さん)参道
室町時代中頃の1456年(一休さん63才)の頃から1481年11月21日、88才で亡くなられるまでの約25年間の晩年をここで過ごされています。


宗純王廟(一休禅師(一休宗純)の墓)
前面の庭は禅院式枯山水の様式で室町の古風を存しています。
現在墓所は宮内庁が御陵墓として管理をされており門扉に菊花の紋があります。


方丈庭園(国指定名勝)南庭
サツキの刈り込みやサザンカ、ソテツなどが植えられており、刈り込みから軒下までは、きれいな白砂が敷き詰められています。
当時(江戸時代初期)の典型的な禅苑庭園です。


江戸時代初期の画家、狩野探幽が描いた方丈の襖絵
複製ですが、本物は寺の宝物殿に所蔵。


◎屏風絵の虎退治

足利義満
「屏風絵の虎が夜な夜な屏風を抜け出して暴れるので退治して欲しい」

一休
「では捕まえますから虎を屏風絵から出して下さい」



東庭
東庭は多くの庭石と刈り込みをふんだんに使い、十六羅漢の遊行するさまを表わしています。


北庭
北庭は、石塔や石灯籠、手水鉢などを配し、石組で枯れ滝を表現した、禅院枯山水の蓬莱庭園です。江戸初期の造庭で文人、松花堂昭乗、佐川田喜六、石川丈山の合作と伝えられています。






開山堂(大應堂)
このあたりは妙勝寺の旧跡にあたるところです。
開山堂は大正時代に改築されたものですが、内陣には妙勝寺を開かれた大応国師の木像を安置しています。その像は一休さんが63才の時につくられたものです。

      
頓知小僧の一休さん


◎このはしわたるな!(この橋渡るべからず)
ポクポクポク・・・チーン!と木魚の音をバックに目を閉じて考える一休さんの姿が思い浮かんできそうな、そんな場所に来てしまいました。

「この端渡るべからず」・・でしたね。 

 
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拍手[14回]

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コメント

1. 無題

すきすきすきすきすきっすき♪
あいしてるー♪

うつくしい

2. 無題

一休さん、アニメ大好きでした。

ひとやすみ、ひとやすみ。

3. 無題

落ち着きますね。素晴らしいです。

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